スガイサオのれっきとした歴史 #17

れっきとした歴史(17回目)

新幹線トリビア(第二弾) 

これは、誰も取り上げないマニアックな人物や物に対して、スポットライトを当て、その歴史について、助手いさおが浅く・狭く紹介するコーナーです。

 前回、好評?だった「新幹線トリビア」の第二弾を今回は「東海道新幹線」にスポットを当ててお送りします。

 

  • 東海道新幹線の起点は代々木公園近辺になるはずだった。

戦後、東海道新幹線が最初に計画されたとき、東京・代々木公園近辺が起点に計画されており、ここは戦前の陸軍の練兵場があったところで、戦後は、ワシントンハイアットと呼ばれる米軍の住宅になっていました。

しかし、この土地の返還見込みが立たずに断念(実際に返還が決まったのは、東京オリンピックの開催が決定して、そこに選手村を作ることになったためです)。

このままではオリンピック開幕まで新幹線の開業は間に合いません。

その他、新宿や駐屯地のある市ヶ谷も候補にあがっていました。

最終的には、通勤ラッシュ軽減のため、東京駅までの新しい在来線を作る計画が上がっていたのを断念し、新幹線駅を東京駅の八重洲口に持ってくると決まったのだそうです。

  • 東海道新幹線、最高時速は?

開業当初の210km/hに比べると、格段に速くなり、285km/hですが、じつは東北新幹線の320km/hより遅いです。

これは、日本で最初に生まれた高速鉄道であるがため、ノウハウが蓄積されておらず、カーブが急であったり、設備が古いということが影響していて、JR東海は、車両や信号系統の性能をアップし、所要時間の短縮を図り、現在の285km/hに至っています。

そういえば昔、新幹線車内に速度表示計がついていましたが、最近は付いていませんね。

  • 富士山が見える方向の謎

東京から名古屋、米原方面に向かうと富士山は進行方向に対して右側に見えると思います。左手には駿河湾です。座席の予約も富士山の見える窓側(E席)が一番人気です。

しかし、左側の窓(A席)からもほんのわずかな時間、富士山を見ることができます。

静岡駅をすぎ、安倍川を渡った後に、線路が左にカーブしていく際、20秒~30秒程度、富士山が左手の窓から見えます。「左富士」とも呼ばれ、車内から写真撮影をする人も多いスポットだそうです。

  • 「ひだま」って何?

東海道新幹線開業当初「ひかり」は東京-新大阪間で名古屋駅と京都駅に停車駅がしぼられていました。その後、米原停車で北陸方面への接続を改善したほか、新横浜駅や静岡駅などに停車駅が増加していき、各駅停車の「こだま」に停車駅が似てきたことから、ひかりとこだまの中間「ひだま」と揶揄されるようになりました。

時はめぐり、デビュー当時は名古屋駅や京都駅でさえ通過だった「のぞみ」も徐々に停車駅が増加し、今後「ひぞみ」と揶揄されるかもしれません。

  • 新幹線にディスコがあった!

バブルの経済成長期、ディスコブームが全国に起こったときに登場したのが「新幹線ディスコ」です。

東海道新幹線のイベント列車のひとつとして、1988年(昭和63)から1990年(平成2)まで運行されたこの列車は、16両編成の新幹線の14号車をディスコに13号車をお酒がのめるラウンジカーとすることで実際に営業されていました。

 

以上、新幹線トリビアでした。

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天津 弥

八木さんと同じ M&M エージェンシー所属 劇団福井自由舞台で役者もやってます。

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